藤倉大さん インタビュー

大阪出身、ロンドン拠点に世界で活躍する作曲家 藤倉 大さん

掲載日:2013年7月23日

「霊感の泉」は日常にこそ

大阪出身、15歳で単身渡英、ロンドンを拠点にキャリアを築き今、国際的な注目を浴びている日本人作曲家がいる。藤倉大さん。シカゴ交響楽団、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、アルディッティ弦楽四重奏団、シャンゼリゼ劇場、BBCプロムス、ルツェルン・フェスティバル…。世界の名門オーケストラや演奏団体、音楽祭から立て続けに委嘱を受ける、今年36歳の気鋭。新作ごとに斬新なコンセプトを打ち出し、ピエール・ブーレーズやペーター・エトヴェシュら現代音楽の大御所からも高い評価が寄せられてきた。そんな藤倉さんのマリンバ独奏のための新作《repetition / recollection for Marimba》が今年9月、恒例の打楽器祭典「パーカッション・トゥデイ」で日本初演される。プロデュース役で欧州の現代音楽シーンで長く活躍、藤倉さんとも交流の深い打楽器奏者・中村功さん(カールスルーエ音楽大学教授)を介した依頼で成った、貴重な創作だ。中村さんとの交流や創作のあり方などについて、ロンドンの藤倉さんにメールで聴いた。

(構成:あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール 谷本 裕)

今回の新作初演の仕掛け人・中村功さんとの出会いは

-僕が20歳の時、ドイツのダルムシュタット音楽祭(*1)にモグリの学生で参加したことがあります。コンサートの時、日本語で『大阪!』って、でっかく書かれたシャツを着た中村さんが、僕の前に座っておられたんです。中村さんはそのとき既に、現代音楽をしている人なら誰でも知っている大スター。無名の僕は何だか怖く、声をかけられずじまいでした。それから10年くらい後、ドイツの別の音楽祭に二人とも招かれたんです。今度はホテルも何もかも一緒で、たっぷりお話をすることができました。以前、声を掛けそびれた話をしたら、「なんや、話しかけてくれたってエーやん!」とおっしゃって(笑)、一気に意気投合しました。その後も仕事で(中村さんの住む)カールスルーエに滞在した時、お宅に招待して頂き、とても美味しい韓国料理をご馳走になりました。同じ大阪出身だし、僕も韓国料理が大好き。本当に嬉しかったですね。

作曲家の立場から、中村さんの魅力はどこに。

-ともかく「スゴイ」。演奏されてるのを見る度、そう思います。中村さんに作品を演奏してもらう作曲家はラッキーだし、実は「ずるい!」と感じることさえあるんです。有名な作曲家がよく彼のために作品を書くんですが、人によってはもう、単に演奏というより音楽の在り方そのものまで「お任せ」っていう感じで、楽譜も最初から「だいたい」で書かれてる。それを基にした中村さんの演奏が僕には、時に作曲家の創意を上回っているように思えてきて、聴いてると「なんだこれ、中村さんが半分、作曲してるようなものじゃないか!」と思うほど。聴衆は作品そのものが良いと思って拍手しますから、同業者としては「ずるいよな~」と思ってしまう訳です(笑)。

そんな中村さんが今回、マリンバ独奏で日本初演するのが藤倉さんの《repetition/ recollection》。デンマークの室内オーケストラ「アテラス・シンフォニエッタ・コペンハーゲン」と、ザ・フェニックスホールの共同委嘱作品である。譜面を見ると、序奏から藤倉さんの創意に驚かされる。マリンバの鍵盤をヴァイオリンの弓で弾き鳴らす一方、マリンバ特有のトレモロと組み合わせている。トレモロは最弱音(pp)。奏者には繊細で高度な技巧を求める難曲だろう。

-今回、マリンバのソロ作品を創るプロジェクトが浮上した時、実は少し戸惑ったんです。というのも僕、そんな作品を書いたことがなかったからです。マリンバは打楽器。いったん、音を出してしまうと、強弱変化が付けられない。撥(バチ)を替えても、音色の変化はやはり限られてしまう。でも作る以上は、例えばピアノでは代用できないような、マリンバならではの独創的な音楽を生み出したかった。デンマークで世界初演を手掛けるシンフォニエッタの奏者ともスカイプなどで話し合う中でヒントを得、こんな幕開けにしてみたんです。

ミステリアスでファンタスティックな響きが楽しみだ。さて、この作品、タイトルを日本語に訳すと「反復」と「回想」(または「追憶」)になる。そこに込められた意味は。

-今年は、デンマーク出身の世界的哲学者キェルケゴール(*2)の生誕200年。「彼の思想に因んだ作品を」と、オーケストラから頼まれたんです。キェルケゴールの哲学の勉強を必死でしましたよ。そして彼の著作に、『反復』っていうのがあることを知りました。ここに取り上げられている「反復」は、キェルケゴールの哲学を貫く、最も重要なポイントの一つで興味を惹かれました。

キェルケゴールはこの著作で、ある女性を愛しながら結婚に踏み出せずにいるメランコリックな青年詩人と、彼を見守り導こうとする心理学者のやり取りを小説風に描き、哲学的な思索を展開している。主要箇所を引こう。

「反復」と「追憶」は、同じ運動である、けれどもその方向がまったく逆である。「追憶」は、かつて存在していた過去へと、後ろむきに回想される。他方、もともと「反復」は、前へ向かって新しい人生を受け取り直していく。だから「反復」は、もしそれが実現できれば、人を幸せとする、が、「追憶」は人を不幸とさせる。そこでは、すでに自分は十分とよく生きており、だから誕生するや直ちにあらためて人生を脱け出し、たとえば何か忘れ物を取りにいくような口実はない、と思い込んでいるからである。

キルケゴール著 『反復』(1843年)から抜粋 訳:橋本淳(日本キェルケゴール研究センター代表理事 関西学院大学名誉教授)

新作には、ここに描かれる「反復」が音楽的に用いられているのだろうか。

-僕は、この「反復」、つまり「繰り返し」が実は大嫌いなんです。クラシック音楽でいうと、モーツァルトやベートーヴェンらウィーン古典派の曲に出てくる「リピート」もですし、現代ではアメリカを中心に発展したミニマルミュージック(*3)もそう。一定の旋律や主題、動機を反復する手法は極力、従来の自作では避けてきたんですが、今回は良いチャレンジと考え直しました。でも、この曲でも実際演奏される、音になる部分には一つとして全く同じパターンの反復はありません。実はこの作品は、隠された構造が醸す、ある種のパターンの組み合わせでのみ構成されています。聴かれた印象としては、シンプルに聞こえるかも知れませんが、少し種明かしをすれば、5、6つの層のいろんな長さのリズムパターンが重なり合って出来ています。ですので、表面的には決して繰り返しは無いのに、何かが背景で機能していて、「反復」ではないけれども何らかのパターンが作品全体を覆っている。そんな感じがするんじゃないでしょうか。そこは皆さん、ぜひ直に聴いて確かめていただきたいですね(笑)。

こうした創作のアイデア、あるいは音楽は藤倉さんの場合、突然、「降ってくる」のだろうか。

-イエイエ、降ってきませんよ。モーツァルトくらいじゃないですか、そんな風に音楽が「降って」きた人は。ベートーヴェンだって恐らく降ってこなかったと想像してます。僕は、インスピレーション(霊感の泉)は、どこにでも落ちてると思ってるんです。それは、自分が「繊細」になることで見つけられるようになるものなんですよ。だから例えば、お金がなくて海外旅行に行けない、美しい景色が見られないからインスピレーションが出ない、なんてことは僕の場合、全くありません。身近な生活の中でインスピレーションを得、作品としてモノにすることが一番大切なことです。

とはいえ「現代音楽」そのものはとかく、非日常的で難解なイメージが付きまとう。しかし藤倉さんはどんな現代音楽も、時間を経ると大衆に分かってもらえる音楽になっていく、と考えている。

-僕らが目指しているのは、「商業音楽」でなく「芸術音楽」。周囲の「受け」を狙って自分を変える職業ではないと考えています。芸術音楽があるからこそ、100年後にそれが「商業音楽」の糧になります。このことは、過去の歴史を見れば明確です。ベートーヴェンやブラームス、ドビュッシーなどの、今では「クラシック」とされている作品も、発表当時はすべて「現代音楽」でした。それまでにない音楽が、同時代の人々を時に驚かせたことは、当時の文献などを読めば、よく分かります。例えば、ドビュッシーのオーケストラ作品《海》。世界初演時の批評は「絶えず不協和音である」とか、「オーケストラの色彩に欠ける」とか。現代の感覚からすると、かなり違和感のある記述が残っている。いまどき《海》を、そんな風に感じる人はいないでしょう。彼と同時代のラヴェルは、カフェでピアノを弾いたりして生活費を稼いでいた。でも彼の著作権が切れる直前、つまり彼の死後70年を経た2000年ごろ、ラヴェルの版権を管理していたウチの出版社は「どのポップアーティストよりも、ラヴェルの作品で印税を稼いだ」という話を聞いたことがあります。逆にいえば今は商業になりづらい「現代音楽」の活動を、だれかが経済的に支えないと将来の商業にも必ず影響が出るようになるでしょう。演奏家にせよ、オーガナイザーにせよ、コンサートを開く折には古典と現代を併せて演奏する。そんな活動を通して自然な形で、聴衆が頻繁に現代音楽を聴ける状態になっていくべきだと思います。今回の初演も、そんな機会になれば嬉しいですね。

取材協力:KAJIMOTO

*1 ダルムシュタット音楽祭 正確には「ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会」。ドイツ・ヘッセン州の学術都市ダルムシュタットで1947年から行われている現代音楽のためのセミナー。最先端の現代音楽に関する講義や個人レッスン・グループレッスン、大小さまざまなコンサートが7月、数週間にわたって催され、世界中から作曲家、音楽家、学生が集まる。

*2 セーレン・キェルケゴール 1813-1855。哲学者・思想家。人間の現実存在を思想の根源におく「実存主義」の創設者。著書『反復』も自身の失恋を機に書かれた。

*3 ミニマルミュージック 1960年代にアメリカで考案された音楽。短く簡素な音型を反復し、徐々にそれを時間的にずらすことで、新たに浮かび上がってくる音楽的な変化を重視する。


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藤倉大(ふじくら・だい)
 
大阪・千里丘出身。中学卒業後、英国移住。王立音楽大学でエドウィン・ロックスバラ、ダリル・ランズウィック、キングスカレッジでジョージ・ベンジャミンに作曲を学んだ。イギリスのハダースフィールド国際音楽祭作曲家賞、ロイヤル・フィルハーモニック作曲賞、オーストリアの国際ウィーン作曲賞、ドイツのパウル・ヒンデミット賞、2009年の第57回尾高賞と第19回芥川作曲賞など著名な作曲賞を数多く受賞。作品は日英だけでなくカラカス、オスロ、ベネツィア、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン、ルツェルン、パリで演奏されている。日本では2012年10月、サントリーホールの「個展コンサート」に起用された。原住地ロンドンでは、BBCプロムスから2つの委嘱を受けているほか、コントラバス協奏曲がロンドン・シンフォニエッタにより初演されている。2013年には《atom》が“Total Immersion:Sounds from Japan”と題する演奏会で、BBC交響楽団により英国初演される予定。またフランスからも多数の委嘱がなされている。初のオペラ作品(演出:勅使川原三郎、シャンゼリゼ劇場・ローザンヌ歌劇場・リール歌劇場による共同制作)の準備も進んでいる。ドイツでは、《Tocar y luchar》が指揮者グスターボ・ドゥダメルとシモン・ボリバル・ユース・オーケストラに捧げられ、世界初演され、ベルリンのウルトラシャル音楽祭でヨーロッパ初演されている。このほか、ミュンヘン室内管弦楽団の委嘱で《Grasping》を作曲。韓国初演後、ミュンヘンでも演奏された。スイスのルツェルン・フェスティバル、オーストリアのクラングシュプーレン音楽祭などで作品が取り上げられた。ピエール・ブーレーズ、ペーター・エトヴェシュ、ジョナサン・ノットなどが藤倉の作品を初演・演奏。2012年にはNMCレーベルから藤倉の作品集のCD 《secret forest》 がリリースされた。2013年秋にはKAIROSレーベルよりインターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブルが演奏する自作集CDがリリースの予定。作品の楽譜はリコルディ・ミュンヘンから出版されている。


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中村 功(なかむら・いさお/打楽器)
ドイツを中心に活躍する、ヨーロッパで最も信頼と評価の高い打楽器奏者。81年東京芸術大学、89年フライブルク国立音楽大学卒業。86年ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会で、クラーニッヒ・シュタイナー音楽賞、92年度青山音楽賞特別賞、04年イシハラホール公演「三井の晩鐘」で第4回佐治敬三賞受賞。シュトックハウゼン、ケージや、ケルン放送響など各地の名門オーケストラと共演。また、ベルリン音楽週間、ザルツブルク音楽祭など数多くの音楽祭に招待され、演奏を重ねる。95年“Duo Konflikt”、06年“Isao Nakamura Ensemble”、10年”中村功と仲間たち”を結成。後進の指導にもあたっており、秋吉台国際現代音楽セミナー、ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会で常任講師歴任。92年よりカールスルーエ国立音楽大学教授。YAMAHAアーティスト。www.isaonakamura.jp

「パーカッション・トゥデイ 中村功と仲間たち vol.4 『音の道~アフリカ・アメリカ・西アジア』」
2013年9月29日(日)午後4時開演

中村功プロデュースによる打楽器の祭典第4弾。今回は日本を代表するマリンバ奏者・神谷百子と、タンブリンのように手で叩いて音を出す「ハンドドラム」の名手として欧州で脚光を浴びているムラット・コジュクンをゲストに、打楽器の魅力を紹介する。
入場料4,000円(指定席)、友の会3,600円、
学生1,000円(限定数。ザ・フェニックスホールチケットセンターのみのお取り扱い)
チケットのお求め、お問い合わせはザ・フェニックスホールチケットセンター
(電話06-6363-7999 土・日・祝を除く平日10時~17時)。

■プログラム 
村松崇継:Blossoms in the Sunlight(満開の木漏れ日)
A・C・ジョビン:シェガー・ジ・サウダージ(思いあふれて)
藤倉大:1.repetition 2.recollection for Marimba(1.反復 2.回想)(2013年 アテラス・シンフォニエッタ・コペンハーゲン/あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール委嘱作品 日本初演)
ほか